自作OS入門:ゼロから始めるコンピュータOSの作り方
コンピュータの仕組みを深く理解したいと思ったことはありませんか? もしそうなら、自作OSに挑戦してみるのはいかがでしょう。自作OSは、一見難しそうに思えますが、基本的な知識と根気があれば、誰でも作ることができます。この記事では、自作OSの基本的な概念から、具体的な作成手順までを丁寧に解説します。
## なぜ自作OSを作るのか?
自作OSを作ることは、単なる趣味以上の価値があります。
* **コンピュータアーキテクチャの深い理解:** OSは、ハードウェアとソフトウェアの橋渡しをする重要な役割を担っています。自作OSを通して、CPU、メモリ、ストレージなどのハードウェアがどのように動作し、ソフトウェアと連携しているのかを深く理解することができます。
* **プログラミングスキルの向上:** OSの作成には、C言語やアセンブリ言語などの低レベル言語の知識が不可欠です。自作OSを通して、これらの言語を実践的に学ぶことができ、プログラミングスキルを飛躍的に向上させることができます。
* **問題解決能力の向上:** OSの作成は、様々な問題の連続です。バグの修正、パフォーマンスの最適化など、様々な課題に直面し、解決していく過程で、問題解決能力が向上します。
* **創造性と達成感:** 自分の手でOSを作り上げることは、大きな達成感を得られるとともに、創造性を刺激します。既存のOSにはない独自の機能を実装したり、自分好みのデザインにしたりと、自由な発想でOSを開発することができます。
## 自作OSに必要な知識
自作OSを作るには、以下の知識があると有利です。
* **C言語:** OSの大部分はC言語で記述されます。C言語の基本的な文法、ポインタ、メモリ管理などの知識が必要です。
* **アセンブリ言語:** OSの起動処理や割り込み処理など、ハードウェアに直接アクセスする部分はアセンブリ言語で記述されます。CPUのアーキテクチャに合わせたアセンブリ言語の知識が必要です。
* **コンピュータアーキテクチャ:** CPU、メモリ、ストレージなどのハードウェアの仕組み、動作原理を理解している必要があります。
* **OSの基礎知識:** プロセス管理、メモリ管理、ファイルシステムなどのOSの基本的な概念を理解している必要があります。
これらの知識は、必ずしもすべて完璧に理解している必要はありません。自作OSを作りながら、少しずつ学んでいくことも可能です。
## 自作OSの作成手順
自作OSの作成は、大きく分けて以下の手順で進めます。
1. **開発環境の構築**
2. **ブートローダの作成**
3. **カーネルの作成**
4. **基本的な機能の実装**
5. **応用機能の実装**
### 1. 開発環境の構築
まず、自作OSを開発するための環境を構築します。必要なツールは以下の通りです。
* **テキストエディタ:** ソースコードを記述するためのテキストエディタが必要です。Visual Studio Code、Sublime Text、Atomなど、使い慣れたものを選びましょう。
* **コンパイラ:** C言語のソースコードをコンパイルするためのコンパイラが必要です。GCC (GNU Compiler Collection) が一般的です。
* **アセンブラ:** アセンブリ言語のソースコードをコンパイルするためのアセンブラが必要です。NASM (Netwide Assembler) が一般的です。
* **リンカ:** コンパイルされたオブジェクトファイルを結合して、実行可能なファイルを作成するためのリンカが必要です。GCCに含まれているldが一般的です。
* **エミュレータ:** 作成したOSをテストするためのエミュレータが必要です。QEMU、VirtualBox、Bochsなどが利用できます。QEMUは高速で多機能なためおすすめです。
* **デバッガ:** OSのバグを修正するためのデバッガが必要です。GDB (GNU Debugger) が一般的です。QEMUと連携させることで、より詳細なデバッグが可能になります。
**具体的な環境構築例 (Linuxの場合):**
bash
sudo apt update
sudo apt install build-essential qemu nasm gdb
### 2. ブートローダの作成
ブートローダは、OSの起動時に最初に実行されるプログラムです。ブートローダは、BIOS (Basic Input/Output System) または UEFI (Unified Extensible Firmware Interface) によってメモリにロードされ、カーネルをメモリにロードして実行を開始します。
**ブートローダの役割:**
* BIOS/UEFIから制御を受け取る
* ディスクからカーネルをメモリにロードする
* カーネルに制御を渡す
**ブートローダの作成例 (アセンブリ言語):**
assembly
; boot.asm
BITS 16 ; 16ビットモード
ORG 0x7C00 ; ロードアドレス
start:
mov ax, 0x07C0 ; セグメントレジスタの設定
add ax, 0x07C0
mov ds, ax
mov es, ax
mov ss, ax
mov sp, 0x7C00
; 画面クリア
mov ah, 0x00
mov al, 0x03 ; テキストモード (80×25)
int 0x10
; 文字列表示
mov si, message
call print_string
; 無限ループ
hlt:
jmp hlt
print_string:
mov ah, 0x0E ; テレタイプ出力
.loop:
lodsb ; SIからALに1バイトロード
cmp al, 0
je .done
int 0x10
jmp .loop
.done:
ret
message db “Hello, OS!”, 0
; パディング (510バイトまで)
times 510-($-$$) db 0
; ブートセクタ署名
dw 0xAA55
**コンパイルと実行:**
bash
nasm boot.asm -f bin -o boot.bin
dd if=/dev/zero of=floppy.img bs=512 count=2880
dd if=boot.bin of=floppy.img conv=notrunc
qemu-system-i386 -fda floppy.img
このコードは、画面をクリアし、「Hello, OS!」という文字列を表示するだけの簡単なブートローダです。
### 3. カーネルの作成
カーネルは、OSの中核となるプログラムです。カーネルは、プロセスの管理、メモリの管理、ファイルシステムの管理など、OSの基本的な機能を担います。
**カーネルの役割:**
* ハードウェアの制御
* プロセスの管理
* メモリの管理
* ファイルシステムの管理
* システムコールの処理
**カーネルの作成例 (C言語):**
c
// kernel.c
void kernel_main() {
char *video_memory = (char*)0xb8000; // ビデオメモリのアドレス
*video_memory = ‘K’; // 画面に文字を表示
}
**カーネルのコンパイル:**
bash
gcc -m32 -c kernel.c -o kernel.o
**リンカスクリプト (linker.ld):**
ld
ENTRY(kernel_main)
SECTIONS {
. = 0x100000; // カーネルのロードアドレス
.text : {
*(.text)
}
.data : {
*(.data)
}
.bss : {
*(.bss)
}
}
**カーネルのリンク:**
bash
gcc -m32 -T linker.ld -o kernel.bin kernel.o -ffreestanding -nostdlib
**ブートローダの修正 (boot.asm):**
カーネルをロードして実行するようにブートローダを修正します。まず、カーネルをフロッピーディスクからメモリにロードするコードを追加します。次に、カーネルの実行アドレスにジャンプするコードを追加します。
**ブートローダの修正例 (アセンブリ言語):**
assembly
; boot.asm
BITS 16 ; 16ビットモード
ORG 0x7C00 ; ロードアドレス
start:
mov ax, 0x07C0 ; セグメントレジスタの設定
add ax, 0x07C0
mov ds, ax
mov es, ax
mov ss, ax
mov sp, 0x7C00
; 画面クリア
mov ah, 0x00
mov al, 0x03 ; テキストモード (80×25)
int 0x10
; カーネルをロード
mov ax, 0x0800 ; カーネルのロード先セグメント (0x8000 * 16 = 0x80000)
mov es, ax
mov bx, 0x0000 ; カーネルのロード先オフセット (0x0000)
mov ah, 0x02 ; ディスク読み込みファンクション
mov al, 0x01 ; 読み込むセクタ数 (1セクタ = 512バイト)
mov ch, 0x00 ; シリンダ番号 (0)
mov cl, 0x02 ; セクタ番号 (2)
mov dh, 0x00 ; ヘッド番号 (0)
mov dl, 0x00 ; ドライブ番号 (0: フロッピーディスク)
int 0x13 ; BIOS割り込み
jc error ; エラーチェック
; カーネルにジャンプ
jmp 0x0800:0x0000 ; セグメント:オフセット
error:
mov si, error_message
call print_string
jmp hlt
print_string:
mov ah, 0x0E ; テレタイプ出力
.loop:
lodsb ; SIからALに1バイトロード
cmp al, 0
je .done
int 0x10
jmp .loop
.done:
ret
error_message db “Error loading kernel!”, 0
; パディング (510バイトまで)
times 510-($-$$) db 0
; ブートセクタ署名
dw 0xAA55
**フロッピーディスクイメージの作成:**
bash
dd if=/dev/zero of=floppy.img bs=512 count=2880
dd if=boot.bin of=floppy.img conv=notrunc
dd if=kernel.bin of=floppy.img seek=1 conv=notrunc
**実行:**
bash
qemu-system-i386 -fda floppy.img
このコードを実行すると、カーネルが起動し、画面に「K」という文字が表示されます。
### 4. 基本的な機能の実装
カーネルが起動したら、基本的な機能を実装していきます。
* **画面出力:** printf関数などを実装し、画面に文字を表示できるようにします。
* **割り込み処理:** キーボードからの入力を処理したり、タイマー割り込みを処理したりできるようにします。
* **メモリ管理:** メモリを動的に割り当てたり解放したりできるようにします。
* **プロセス管理:** プロセスを作成したり、切り替えたりできるようにします。
これらの機能を実装することで、より複雑なプログラムを実行できるようになります。
**画面出力の実装例 (C言語):**
c
// kernel.c
void print(const char *str) {
char *video_memory = (char*)0xb8000;
int i = 0;
while (str[i] != 0) {
*video_memory = str[i];
video_memory += 2; // 次の文字のアドレス
i++;
}
}
void kernel_main() {
print(“Hello, OS!”);
}
**割り込み処理の実装 (アセンブリ言語とC言語):**
割り込み処理は、アセンブリ言語で割り込みハンドラを定義し、C言語で実際の処理を記述します。
**割り込みハンドラの定義 (interrupt.asm):**
assembly
; interrupt.asm
extern irq0_handler
; IRQ0 (タイマー割り込み) ハンドラ
section .text
global irq0_entry
irq0_entry:
pusha ; すべてのレジスタをスタックに保存
push ds ; データセグメントを保存
push es ; エクストラセグメントを保存
push fs ; FSセグメントを保存
push gs ; GSセグメントを保存
mov ax, ds ; DSをカーネルのデータセグメントに設定
mov ds, ax
mov es, ax
call irq0_handler ; C言語の割り込みハンドラを呼び出す
pop gs ; GSを復元
pop fs ; FSを復元
pop es ; ESを復元
pop ds ; DSを復元
popa ; すべてのレジスタをスタックから復元
; IRET (Interrupt Return)命令: 割り込みから戻る
; CS:EIP、EFLAGSをスタックから復元
iret
**C言語の割り込みハンドラ (irq.c):**
c
// irq.c
#include
void irq0_handler() {
// タイマー割り込みの処理
// 例: カウンタをインクリメントし、画面に表示
static uint32_t tick_count = 0;
tick_count++;
// 割り込みコントローラ(PIC)にEOI(End Of Interrupt)を送る
// これをしないと、次の割り込みが発生しない
outb(0x20, 0x20); // PIC1
outb(0xA0, 0x20); // PIC2 (必要な場合)
}
**割り込みベクタテーブルの設定:**
割り込みベクタテーブルに、各割り込みに対応するハンドラのアドレスを設定する必要があります。
### 5. 応用機能の実装
基本的な機能が実装できたら、応用機能を実装していきます。
* **ファイルシステム:** ファイルを保存したり読み込んだりできるようにします。
* **GUI:** グラフィカルなユーザーインターフェースを実装します。
* **ネットワーク機能:** ネットワークに接続できるようにします。
これらの機能を実装することで、より実用的なOSを作成することができます。
## まとめ
自作OSは、決して簡単なプロジェクトではありませんが、コンピュータの仕組みを深く理解し、プログラミングスキルを向上させるための素晴らしい機会です。この記事で紹介した手順を参考に、ぜひ自作OSに挑戦してみてください。最初は簡単な機能から実装し、徐々に複雑な機能を追加していくと良いでしょう。インターネット上には、自作OSに関する情報がたくさんありますので、参考にしながら進めていくことをお勧めします。
## 参考文献
* **OSDev Wiki:** [https://wiki.osdev.org/Main_Page](https://wiki.osdev.org/Main_Page)
* **Modern Operating Systems (Andrew S. Tanenbaum):** OSの教科書として定番です。
## 補足
この記事はあくまで入門であり、より深く学ぶためには、参考文献などを参考にしてください。また、OSの開発は、多くの時間と労力を必要とするため、根気強く取り組むことが重要です。頑張ってください!